芥川賞ってなに?

芥川龍之介は、いわずと知れた日本の代表的作家です。「芥川賞」は芥川が作ったものではなく、友人だった菊池寛が創設した賞です。菊池も小説家でしたが作家としての名声はあまりなく、むしろ賞の創設者として名を残しました。

菊池のおかげで、多くの新人作家が世に登場し話題をさらい、日本の文学を発展させてきました。受賞者の中には、後にノーベル賞を受賞した大江健三郎や、元東京都知事の石原慎太郎などもいます。芥川賞を読むことは、日本の近代文学の歴史を学ぶことにもつながります。

菊池寛という人について

もともとサラリーマンだった菊池ですが、小説家になるために退職して執筆するもののあまり成功しません。しかし雑誌「文藝春秋」を創刊したところ大ヒットし、むしろ実業家として大成功をおさめました。その後、自らの友人の名前を冠した文学賞を創設しようと、芥川龍之介賞、直木三十五賞を作りました。菊池寛は映画会社「大映」の社長も務め資産家となり、川端康成や小林秀雄などを金銭的に援助し、日本の文学界を支えた功労者です。

際立つ受賞者たち

第一回、1935年の受賞者は石川達三。ブラジル移民のものがたり「蒼氓」(そうぼう)での受賞です。1949年には、井上靖、1951年には安部公房が受賞。安部公房はのちにノーベル賞候補にもなりました。1952年の松本清張は後にミステリーの大家となります。1955年には遠藤周作と、石原慎太郎。石原の「太陽の季節」は大学生の乱れたセックスを斬新な文体で描いて時代の話題を独占しました。

1957年には開高健、その翌年には大江健三郎。今ではポルノ小説家として有名な宇能鴻一郎も1961年に受賞しています。1964年の柴田翔。「されどわれらが日々」というかっこいいタイトルは時代に衝撃を与えました。1969年の庄司薫は三島由紀夫が絶賛したことから話題になります。

1976年の村上龍は、芥川賞の歴史において最も話題になった人でしょう。乱交やドラッグの世界を描いた作品は賞の注目度をぐっと高めました。村上龍以降の数年間は芥川賞がもっとも注目された時代です。しかし、結果として村上龍の受賞以降は、レベルがどんどん下がってしまったと言われています。

1977年には画家の池田満寿夫が女性の裸体美を描いた作品で話題となりますが、これをピークに芥川賞は社会的評価を下げます。80年代には村上春樹氏への賞の授与をもらすなど、選考課程、選考委員の質的問題も取りざたされるようになります。かつては話題をさらった作品は必ず100万部以上のベストセラーとなりましたが、1977年の池田満寿夫以降では、綿矢りさ、ただひとりです。

芥川賞の人気低迷は日本文学のレベルダウンの象徴でもありますが、本来の日本文学の力を確認するためにも、芥川賞受賞作をぜひ読んでみてはいかがでしょうか。