性描写が過激すぎて訴えられたチャタレー夫人の恋人

20世紀最高のイギリス小説家と言われるD・H・ローレンスの最後の名作です。1928年に発表されますが、イギリスですらそのままでは出版されず、検閲の結果、一部の性描写が削られて発行されます。日本では裁判沙汰になりました。

確かにエロティックな表現が多い小説ですが、現代であればこのくらい「普通」のレベルです。逆にいえば、「チャタレー夫人の恋人」のような作品が、性表現の自由化を推し進めたのだともいえるでしょう。

チャタレー事件

発行した出版社の社長と訳者が「わいせつ物頒布罪」で起訴され、1951年から57年にかけて裁判となりました。小説に含まれるわいせつ露骨な性描写を知りつつ、訳者と社長は共謀して販売したとして訴えられたものです。

裁判においては、「わいせつ」と「表現の自由」について争われました。わいせつ文書とは何か、わいせつ文書についての規制は憲法に違反するのではないか、表現の自由は「公共の福祉」によって制限できるものなのか、などということです。

最高裁まで争われた結果、社長、訳者は有罪となり、罰金刑を処せられます。小説は、問題とされた箇所が消されて、1964年に出版されることになりました。その後、1973年には別の出版社で完訳が出版されています。また、1996年には訳者の息子が、完全版を刊行しています。

バイアグラがあったら起こらなかったラブストーリー!?

男爵チャタレーの妻となったコンスタンスは、結婚後ひと月で夫が戦争に行ってしまい、精神的にも性的にもさびしい生活を送ります。やっと戦争から戻った夫は、戦傷によりEDになっていました。勃起しないため子づくりができないので、夫はコンスタンスに不倫を勧めます。

もし、この時代にバイアグラがあれば、話はここで終わっていたかもしれません。医者で治療してもらい「二人は幸せなセックスライフを送りました」となっていたことでしょう。

夫からは、「高貴な身分の男性とセックスをして子種をもらってこい」と言われますが、コンスタンスは釈然としません。男爵クラスとの不倫を求められたからです。「身分の高い男」という要求に不満を感じたコンスタンス。森番をしている男と恋仲におちいり、大胆なセックスにおぼれることになります。ここで描かれた、屋外セックスなど色んなシチュエーションでの性行為が、わいせつと騒がれました。

戦争の悲劇や、階級社会のいびつさ、いやらしさ、セックスの悦楽と純粋な恋愛のすばらしさなどをみごとに表現した大傑作です。日本には、これほどの名作を墨で消さなければならない時代があったということを、思い出しながら読むと、さらにおもしろいでしょう。

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