セックスをファッションにした「なんとなくクリスタル」

政治家になるまでは、多くの人からただのスケベでいいかげんなおじさんと思われていた田中康夫さん。一橋大学在学中に書いた小説「なんとなくクリスタル」で文芸賞を受賞しています。ゲイと勘違いされることもあるようですが、二度の結婚歴があります。彼が自らの経験をもとに書いた「なんクリ」は、「文学とは言えない」との批判を受けつつも、多くの大学生に支持されベストセラーとなりました。すファッションモデルの主人公が、金持ちの男の子たちとセックス三昧の生活をしつつ、ファッションやブランド、グルメ、音楽などについてのウンチクも語るという物語。

全編に「註」がちりばめられており、巻末にまとめて言葉の意味の解説がなされていたことから、学生たちのマニュアル本としても活用されました。

ほとんどストーリーらしきものがない小説です

この作品は芥川賞の候補になったものの、審査の過程では「小説ではない」などと酷評され受賞を逃していますが、ほとんどストーリーらしきもののない小説です。ファッションモデルの女性が、美味しいものを食べたり、ファッションにこだわったり、洋楽を聞いたりしているだけの話です。時々、男の子たちとセックスをしますが、性行為におぼれているわけではありません。セックスも一種のファッションとして楽しんでいますが、軽いセックスを繰りかえしながらも、「一番感じるのは彼氏とするとき」という感覚ももっています。

70年代から80年代にかけての、「ブランド信仰」の強かった時代の流れを敏感にとらえ、当時の最先端の流行をふんだんに盛り込んだことが人気の秘密だったと言えるでしょう。そのため「ブランド小説」とも呼ばれ、当時、六本木や青山などで遊びまくる、女子大生たちは「クリスタル族」と呼ばれたりもしました。この小説の影響なのか、この時代には、勉強をしてまじめな生活をするよりも、見た目にこだわり持ち物にこだわって遊ぶことの方が人生にとっては大切であると考える女子大生が数多く登場してきます。性についてまだ保守的な風潮が残っていた時代に、奔放な性生活をおくることを「ブランド化」した小説とも言えるでしょう。

バブル時代を先取りした作品です

多くの大学生が、この本に刺激を受け、ブランド物を買いあさったり、イタリアンレストランに通ったり、AORと呼ばれたアダルトな音楽にはまったりもしました。女子大生たちにとってはセックスをすることもファッションとなり、「慶応ボーイ」などいわゆるブランド大学の学生と寝ることを楽しむ女子が現れたりもしました。小説の良し悪しは別としても、この時代に大きなインパクトを与えた物語といえるでしょう。

後に訪れた「バブル時代」を先取りしていたとも言えます。お笑い芸人から政治家になったそのまんま東さんの元奥さんである、かとうかずこさん主演で映画化もされました。

純文学小説としての深みはまったくない作品ですが、80年代という時代をもっともうまくとらえたストーリーであったことは間違いないでしょう。良し悪しは別として、セックスを軽く扱ったという点でも画期的な作品です。