悪徳と変態セックスに取りつかれた男、サド公爵

サディズムとは、性交渉の相手を肉体的精神的に痛めつけることで、性的な高まりを得る性癖ですが、この語源となったのは、18世紀後期~19世紀初めのフランス貴族で小説家でもあったマルキ・ド・サド(サド侯爵)です。著作には、『美徳の不幸』『ジュリエット物語あるいは悪徳の栄え』などがありますが、極めて残酷な内容です。1801年に、かのナポレオン・ボナパルトが、当時は匿名で発行されていた二つの書籍を書いた人物を逮捕するよう命じ、すぐにサドが発見されてバスティーユ監獄に閉じ込められました。サドは精神異常者とされて、シャラントン精神病院に入れられ、1814年に亡くなるまでそこで暮らすことになりました。

サド侯爵の死後、バスティーユ監獄の壁からサドの書いた書きかけの書物が発見されます。『ソドム百二十日あるいは淫蕩学校』と題されたその物語は、未完ながらも彼の作品の中で最もグロテスクな内容でした。暴力と反道徳に満ち溢れ、性的倒錯が満載されています。美少女と美少年を集めて、彼らに性的な拷問を与え続けるという恐ろしいストーリーながら、文学としては一定の価値を持った作品ではあります。未完で終わったのは、物語の激しさにサド自身の想像力が追いつかなかったからではないかという説すら主張されるほどです。

アナルセックスで女は殺される!?

『ジュリエット物語あるいは悪徳の栄え』は、悪意に満ちた作品です。悪を勧め善を懲らしめる、といった主張が繰り返され、著者の精神が尋常でないほどにゆがんでいることが、はっきりと想像できるほどです。主人公のジュリエットは娼婦として働いていましたが、客として出会った大金持ちの遊蕩児ノアルスイユから、さまざまな悪意を教え込まれます。ノアルスイユの寵愛を受けたジュリエットは、彼の妻を拷問し最後はアナルセックスをされながら息絶えさせました。

ジュリエットはノアルスイユの紹介でサン・フォンの愛人となりますが、サン・フォンはジュリエットの主宰する乱交パーティで女性と知り合い、その家を訪ねて、彼女とその二人の孫たちを次々と鶏姦(肛門性交)して殺してしまいます。ジュリエットの友人クレアウィル夫人は、ジュリエットとともに教会の懺悔室で神父をたぶらかして、超巨根を味わい尽くし神父をそれまで経験したことのないオーガズムに導いたのち、そのペニスを切り取って殺してしまいました。こうした無意味な強姦と殺戮が次々と行われ続ける、という物語です。

私生活でもさまざまな悪行を繰り返した!?

サド侯爵は、想像だけで物語を描いたのではありません。彼自身が実体験として数々の罪を犯しているのです。復活祭の日に未亡人をだまして強姦し逮捕されたほか、娼館で乱交パーティをした上で、娼婦に怪しく危険な薬を飲ませて殺しかけ、強引にアナルに挿入して「毒殺未遂とアナルセックスの罪」によって死刑判決も受けました。サドは人が苦しむことが異常に大好きで、苦痛を与えることで性的に興奮していたのです。鶏姦を好んだのも、アナルが気持ちよいというよりも、相手が痛がることが好きだったのでしょう。

サド侯爵は実生活でのクレイジーな性癖を、小説の世界でも展開した世界初のサディスティックな小説家でした。文学者というよりも、自身の異常性欲を文章で発散させたかったのでしょう。