女子高生がセックスで覚えた「海を感じるとき」

2014年にヒットした映画「海を感じるとき」。市川由衣さんのヌードが話題となって、エッチな男子たちが映画館に大勢詰めかけました。セックス、エッチ、簡単、といったキーワードが、現代の若者に受けたのでしょうけれど、原作小説が書かれたのは70年代のことでした。

ある日、主人公の女子高生は先輩からキスを迫られて許してしまいます。求めてきた先輩男子は、「キスがしたかっただけで、相手は誰でもよかった」と、かなりいい加減なことを言うのですが、女子高生の方は「キスだけじゃなくて、もっとしてもいいよ」と答えます。ふたりはあっという間に肉体関係を結ぶのですが、70年代には現実の世界ではそういうことはほとんど起こり得ないことでした。 女子高生が簡単にセックスをするという現象に、世の男たちは色めきます。女性にも性欲があることを知り、勃起してしまった男子高校生も少なくありません。

性の悦びを知ったことで女という生き物について深く考え始めた主人公の女子高生は、自らの子宮を「海」と感じます。「海を感じるとき」とは、女であることを知り、妊娠できる体であることに気づいた高校生の、「女」を感じた瞬間を指すのでしょう。

女子高生の「体験談」と思われ、大ヒットした!?

きわどい会話が物語をゾクゾクさせる要素となっているこの小説を書いたのは、当時はまだ女子高生だった中沢けい。小説「海を感じるとき」は、1978年に第21回群像新人文学賞を受賞しましたが、中沢がこれを書いたのはその前年で、当時は18才の高校生でした。その後、明治大学を卒業して作家業をする傍ら評論なども書き、現在は法政大学文学部の教授を務めています。

このエロチックな小説が、中沢さん自身の「経験」をベースに書かれたものなのかどうかは分かりませんが、少なくとも、作品がヒットした背景には、「女子高生書いたエッチな体験談」というイメージがあったことは否定できないでしょう。読者の多くが、作者自身が高校生ながらセックスをし、妊娠したことがあるのだろうと想像しました。そうでなければ描けないほどに、作品が瑞々しかったも言えるかも知れません。

必要としてくれるなら身体でも…と女は言った

主人公の女子高生は、先輩からキスを求められ、「あたし、あなたが欲しいと思うなら、それでいいんです。少しでもあたしを必要としてくれるなら身体でも」と答えました。主人公は決してセックスだけの関係を求めていたわけではありません。愛して欲しい、と願いながらも、愛を得る手段として「身体」を使おうとしたのです。母子家庭に育った主人公は、母親から邪魔者扱いをされ、自分を必要としてくれる相手を欲していました。そこに現れたのが、「先輩」です。

女子高生はキスを迫られ、「君じゃなくとも良かったんだ」と打ち明けられても、「身体を捧げてもいい」と感じました。彼女自身も、「誰でもいい」と思っていたのです。誰かが自分の唇を、自分の胸を、自分のバギナを欲し、挿入したいと願うのであれば、自分が必要とされていることの証だと考えたのでしょう。

生理のとまった女子高生は妊娠してしたと心配しますが、結局は生理が訪れ、していなかったことが分かります。その瞬間に、「海を感じる」のです。