人生にとって必要なものではなくて、いまこの瞬間に必要なものを入手するためということもできるでしょう。寿命のみじかい情報を日経紙は取り扱っている、といえます。そのようなニュースだけなら、ネットで入手してもあまり支障がありません。

手軽さはネットのよいところ

ネットのニュースは、持ち運びが便利です。通勤途上で新聞をよむためには、紙を電車にもちこまなければなりません。都心部では満員電車の中、とてもゆっくり記事に目を通すことなどできません。紙で経済情報を得ること自体が結構面倒です。

しかも、ネットのニュースの大半が「無料」。新聞を読むためには、月に数千円を支払わなければなりません。読み終えればただのゴミになるものですし、そのゴミを捨てるのにも手間がかかります。

文章の存在意義

日経紙に対して、他の新聞には単なる「情報」以上のものも含まれています。明日読んでも、あさって読んでも、役に立つものもあります。生活情報、人生相談など、いつ読んでもおもしろい記事。ひとつの文章として生きていると言えるでしょう。つまり、生活するのに有益なものがあるということです。だからこそ、かろうじて生き残れているのでしょう。

小説の存在する意義も、それに似ているのではないでしょうか。今読んでも明日読んでも、10年後でも、50年後でも意味がある。新聞の情報よりもはるかに大切なものを小説は抱えています。長く生き続けられる命があるからこそ、小説は千年以上の歴史を積み重ねることが出来たのでしょう。

小説の文章は、単なるインフォメーションではありません。ネットにあふれる種々の情報とはまったく意味の異なる存在です。そういうものは、手にとって眺めるべきものではないでしょうか。自分の生きた証として書棚にのこし、50年後にもういちど手にできるように。