日本最初のストーカー小説!? 伊豆の踊子

わが国最初のノーベル賞作家・川端康成の初期の代表的な小説「伊豆の踊子」。後に夫婦となった、山口百恵さんと三浦友和さんが初共演して映画になった作品でもあります。孤独な青年が、旅先でであった踊り子の少女に淡い恋心をいだき、次第に心を開いていくという物語ですが、一目ぼれをしてしまった踊り子の行く先々で家族の後を付け回す、ストーカー的作品と見ることもできるでしょう。

内気な高校生が、美少女をつけまわすストーカーに大変身

主人公の「私」は、孤児根性をもつゆがんだ青年。ひとり旅にでかけた伊豆で、偶然出会った少女に一目ぼれします。彼女は「踊り子」で、当時の感覚からすると下層市民です。「私」は「一高」の高校生で、いわばエリート。身分的には大きな隔たりがありますが、青年は少女に強く魅かれ、彼女の家族の後を追い、下田までともに旅することになります。

彼らとの交流を通じて青年は人の心の温かさを知り、次第に心を開くようになっていきます。少女の方も、純真無垢な気持ちで「青年」に好意を寄せ、ふたりの心は通い合いますが、とくに恋愛関係におちいるわけではありません。映画では、山口百恵さんがフルヌードとなり手を振るシーンも登場し、まだ子どものような少女と、女を知らない童貞の青年との、プラトニックな恋愛を描いています。

淡く美しい物語ですが、初恋を知った青年がこそこそと踊り子のあとをつけまわすという話でもあり、現代ならば、一種のストーカー行為とみなされるかもしれません。

川端自身の生い立ちを反映した作品です

川端康成は大阪の医師の長男として生まれますが、2才で父をなくし、翌年に母親をなくして、祖父母のもとでくらしました。生まれながらにして利発で優秀、小学校時代から成績が良く、中学には首席で入学しています。小学校に入って間もなく祖母もなくなり、別居していた姉もなくしました。中学時代には祖父がなくなって、天涯孤独の身の上となってしまいました。成績が極めて良かったために学校の教師たちの援助を受けて、東京帝国大学に入学し、卒業後に「伊豆の踊子」を発表しています。

こうした生い立ちから孤独を好む傾向にあり、女性との交際にも奥手だったといわれます。「伊豆の踊子」には、こうした川端の性格がとても強く反映されており、「私」のストーカー的傾向は川端自身の性質そのものだったと考えられるでしょう。実際に伊豆方面へのひとり旅の経験もあり、一種の自伝的小説だったとも考えられます。

一目ぼれをした少女の後をつけまわすような行動は、現代ならば気味悪がられるものかもしれませんが、これが文学となり得たのは、川端の卓越した文章力によるものと言えるでしょう。淡い恋心を巧みに演出し、孤独な青年の心がゆっくりとほぐれていく姿を、巧みに表現しているために、けっしていやらしい話にはなりません。

「伊豆の踊子」はわが国最初のストーカー小説とも言える作品ですが、温かく美しい物語になっています。