ジョン・レノン射殺犯がもっていたのは、ライ麦畑でつかまえて

サリンジャーのこの作品は、世界でもっとも有名な本のひとつなのかもしれません。1951年に発行されて以来、全世界で6000万部以上売れています。日本でも、野崎孝訳のものだけで250万部以上売れています。今もなお、世界中に強烈なインパクトを与えつづけている作品です。

1980年、ジョン・レノンがアパート前で撃たれて亡くなります。犯人は事件現場で「ライ麦畑でつかまえて」を読みながら警官の到着をまっていました。小説とレノン殺害とはなんの関係もありませんでしたが、精神的に病んだ少年を描いた作品でもあることから、話題となったのかもしれません。

1997年の映画「陰謀のセオリー」では、メル・ギブソン演ずる精神的に不安定な主人公が「ライ麦畑で捕まえて」を何冊も収集しているという設定になっています。レノン射殺事件の犯人から連想した設定ではないでしょうか。

タイトルの訳はいろいろ

野崎孝訳の「ライ麦畑でつかまえて」があまりにもみごとなタイトルであることから有名ですが、実は4通りに訳されています。橋本福夫訳では「危険な年齢」。原作のタイトルとは全く似ていませんが、作品の内容からこのようなタイトルにしたのでしょう。

繁尾久訳では「ライ麦畑の捕手」。原題の「The Catcher in the Rye」をそのまま直訳したものです。しかし、「Catcher」を「捕手」と訳すのは短絡的で、作品内容を精査すれば誤訳とわかります。野球のキャッチャーという意味ではなく、原文では「人を捕まえる」(If a body catch a body )という意味でつかわれていますので、野崎孝訳がもっとも美しいでしょう。

村上春樹は、野崎孝訳を超えるものは作れないと考えたのか、原題そのままに「キャッチャー・イン・ザ・ライ」としています。

不思議なものがたり

ストーリーはとりとめのないものです。主人公ホールデンは学校を放校になって実家に帰ることになりますが、実家に向かう道中の放浪を描いただけの話。もともと、短編として描いた「I’m Crazy」をベースに話を広げたもので、主人公の精神的な不安定さがゆえに、ドラマチックにもなっています。

語り手のセリフの妙味が全体をユーモラスに仕立てていて、暗くて悲しく、イヤミなものがたりを最後まで読ませる効果をはたしています。訳文としては、野崎孝訳が秀逸で、作品のよさをしっかりと伝えています。野崎訳でなければこの本は日本では売れなかったかも知れません。

読んで「大感動する」という類いの書ではありませんが、なぜか心に強烈に残る作品です。