60代で不倫セックスの悦びに溺れ全てを捨てた川田順

1960年代にヒットを飛ばした歌手佐良直美さんの親戚筋に川田順という財界人がいました。東京帝国大学を卒業して住友財閥に入社し、同期トップで常務理事に昇進したエリートです。ビジネスマンとして活躍する傍らで、詩人・歌人としても活躍し、帝国芸術院賞を受賞したり、皇太子(現天皇陛下)の作歌指導や歌会始の選者をつとめたりもしました。ビジネスと文学との両方に類まれなる才能を発揮し、皇太子に歌を指導できるほど、人物的にもきちんとした経歴の持ち主でした。

まさにエリート中のエリートで、ひとつも欠点などないような完璧な人だったはずですが、あるきっかけで「女」に溺れます。60を過ぎてから、自分の半分程度の年齢の人妻に恋をしてしまいました。ビジネスで成功をおさめ、社長の座を前に自ら辞して和歌の世界で生きていくことを志し、若い人たちに歌の指導をしつつ、自らも作家活動に励んでいたのですが、そこに現れた人妻と恋に落ちてしまったのです。彼は思いあまって自殺を試みましたが、その事件が「老いらくの恋」として報道され、以来、高齢者の禁断の恋愛は「老いらくの恋」と呼ばれるようになりました。

年の離れた男に体を預けてしまった美しい妻

川田の想いが、単なる一方通行であれば問題にはならなかったでしょう。ところがなんと、相手の女性俊子は、自分よりも27才も年上のおじいさんに魅かれてしまいます。ふたりの恋は燃え上がり、とうとう深い関係になってしまいました。当時川田は既に60を超えていましたので、普通の男性であれば立たせることさえ困難な年代です。今でこそ、バイアグラのおかげで60代、70代でも性生活を楽しめるようになりましたが、当時、EDは治らない致命的な病気。川田は運よく、そうならない体質だったのでしょうけれど、お蔭で、二人はいわゆる不倫関係となってしまいました。

俊子の夫は京都大学の教授で、とても裕福でした。評判の美人であった俊子は、家柄や財産、夫の職業的な身分に魅かれて川田と付き合ったわけではありません。男としての魅力を感じ、好きになりました。もちろんそこには、性的な意味での魅力も含まれます。いくら好きでもセックスのない相手と不倫はできませんし、離婚まで考えることはないでしょう。川田自身は妻を亡くして独身でしたが、何十年かの結婚生活を経験していますので、性生活には十分長けていました。俊子が川田とのセックスに溺れたとしても不思議ではありません。

自殺に失敗して大事件になってしまった

川田と俊子との関係は、いわば「秘密の情事」であったわけですが、燃え上がる恋は限度を分からなくしてしまいます。昼間の時間帯に逢瀬を重ねて互いの体をむさぼりあった後、俊子は家に帰り普通の主婦に戻っていたのですが、川田はなかなか俊子の体から離れることができません。自分と別れた後で、夫に抱かれるかもしれないと考えるだけで、心が張り裂けそうになってしまうのです。そうしてふたりの関係は、当然のことながら、俊子の夫の知るところとなります。

財界の有名人であった川田は、責任を取ろうと自殺を図りましたが、失敗します。自分の遺書がわりに書き残した詩が、新聞に載り、大きな騒ぎとなりました。

墓場に近き老いらくの恋は怖るる何もなし…川田が死を覚悟した際に残した一節です。一人の女のために、名誉も地位も全て捨てようと決意した川田順の覚悟が現れています。