妊娠した恋人をポイ捨てにした、蒲田行進曲

つかこうへい演出の芝居は、一度観たら一生忘れられなくなるほどの、とてつもなく強いインパクトを残すものでした。2010年に故人となられ、もはや二度と観ることはできなくなりましたが、日本の演劇を大変革した芸術家です。

とんでもない!つかこうへいの芝居

つかこうへいの演出は、「口立て」となづけられた独特の演出法です。慶応の学生だったころに、早稲田大学の演劇に参加し演出家としてスタートします。みずから書いた脚本は「4割」しか使わず、残りはけいこ中にどんどん変更してしまうという方式で、俳優はけいこの中で、つかが思いついたセリフをその場で暗記し、演技します。

とても緊張感のある稽古であるばかりでなく、公演中にもどんどん演出が変わるため、初日と落日とでは別の芝居になってしまいます。演劇が本来もっている「ナマ」のおもしろさを、とことん追求したともいえるかも知れません。「セリフは演ずる者によって変わるもの」という哲学をもっていたようです。ナマの緊張感はつかの大きな魅力でした。芝居がどんどん変わるため、つかこうへいファンの中には、最初と最後の2枚のチケットを買う人がいたほどです。

1970年代後半から80年代にかけて、つかの演劇は一大ブームとなりました。日本の演劇を大転換させた偉大な演出家です。つかこうへいの少しあとに野田秀樹が登場し、このふたりが日本の演劇を世界レベルに高めたと言っても過言ではないでしょう。

妊娠した恋人を後輩に売るセンス

つかこうへいには、「あえてブス殺しの汚名をきて」という「ブス差別」のエッセイもありますが、「偏見」を笑いにする独特の魅力があります。自身が、在日韓国人であったことを生涯コンプレックスとして抱いており、自虐的なメッセージもこめられていたとも言えるでしょう。死に際のメッセージは、「恥の多い人生でございました」。

蒲田行進曲」は、そんなつかこうへいの演劇の面白さを、小説としてみごとに形にしたものです。恋人が妊娠して邪魔になり、後輩にくれてやるというストーリーです。もらった後輩は「男」になるために、「階段落ち」という危険な芸にチャレンジします。

何度読んでも笑えるし、泣ける作品。人間の毒性やいやらしさを笑いにくるんで表現し、そこに愛をまじえて複雑な悲しみに変えてしまうという傑作です。深作欣二監督で映画化もされ、大ヒットしました。

つかこうへいの芝居を観られなくなった今、その面白さを体験するには、「蒲田行進曲」を読むしかありません。日本人ではないのに、日本の文化をおおきく変えた偉人です。