マゾの始まりはマゾッホだった!?

19世紀のオーストリアに、マゾッホなる人物がいました。貴族の家庭に生まれ、何不自由のない生活をして、ときどき歴史小説などをしたためつつ気楽に過ごしていたのですが、彼には普通の人とは少々異なる性癖がありました。女性にいじめられ辱しめられると、勃起してしまうのです。普段の立ち方よりもずっと固くカチンカチンになりました。

まるで、EDの人がバイアグラを飲んだときのように、それまではナヨナヨしてだらしなかったいたモノが、驚くほどビンビン元気になってしまうのです。射精の勢いも華々しく、最高の快感が得られます。マゾッホはそうした自分の特性を、何らかの形で表現したいと考え、それまでいくら書いても売れなかった歴史小説を諦めて、自身の性癖を物語にすることにしました。

「毛皮を着たビーナス」は、彼の性的欲望をありのままに形にした作品です。美しい女性にムチで打たれて辱しめられ、そうされることで固く勃起し射精してしまう羞恥を描きました。 後に、オーストリアの精神科医クラフト=エビングは、マゾッホのような精神倒錯が珍しいものではないことを発見し、マゾッホの名前にちなんで「マゾヒズム」と名付けました。

単なる想像の産物ではなかった「ビーナス」

レオポルト・フォン・ザッハー=マゾッホは、「毛皮を着たビーナス」の他、「魂を漁る女」や「残酷な女たち」など、女性に虐げられて喜ぶ男性の姿を赤裸々でエロチックに描きましたが、フィクションとして空想の世界だけで作られたものではありません。彼自身の私生活は、エロと倒錯した欲望に満ち、毎日、女性にムチ打たれて、オーガズムに達していたのです。辱められると固くなり、精子も勢いよく発射されます。その喜びは、鞭で打たれる痛みをすら快感に変えるのです。

ファニー・ピストールという愛人を作り、彼女とは「奴隷となって、願望と命令をすべて実現する」という内容の誓約を文書で交わして、奴隷として服従しました。命令されるままに足をなめ回し、ムチで打たれたりハイヒールで踏みつけられたりすることでしか、性的満足を得られなかったようです。

妻には、自らの小説の主人公の名前である「ワンダ」を名乗らせ、ファニーのときと同様に誓約書を取り交わして、毎日辱しめを受けました。ただ、妻のアウローラはSMに飽きてしまい、若い男との激しく楽しいセックスに惹かれてマゾッホのもとから逃げ出してしまいました。

日本では大正時代に大ブーム!?

クラフト=エビングが、マゾを含む性的倒錯について著した研究書「性の精神病理」を出版しましたが、この本はわが国でも明治時代に翻訳され発行されたものの、すぐに発禁処分となりました。大正時代に入りようやく禁止が解かれると、当時の「大正デモクラシー」の波にのり、大ベストセラーとなりました。この本により、わが国の若者たちがSMという性行為に関心を持っただけでなく、クリトリスの愛撫やクンニリングスなどの重要性にも気づき、性生活の改善へと結びつけたのです。

同性愛やアナルセックスなどさまざまな愛の形に、当時の日本人たちは夢中になりました。 マゾッホは単に性的倒錯だけでなく、セックステクニックの向上にも役立ったのです。