最高のポルノ映画の原作者は芥川賞作家だった!?

最近は死語にもなりつつある「ポルノ映画」。かつてアダルトビデオやインタ―ネットが登場する前までは、エッチな映画のことは、そう呼ばれていました。略して「ポルノ」。戦後から昭和30年代にかけて、映画の黄金時代を築き上げた映画会社「日活」が昭和40年代以降に経営難に陥った際、苦肉の策で打ち出した「日活ロマンポルノ」は、次々とヒット映画を生み出し、「ポルノ」と言えば「日活ロマンポルノ」を指すようにもなりました。

それまでの「ポルノ」と言えば、どこかの誰かがとにかくセックスする、という単純なものばかりで、「どぎつさ」や「エロさ」が中心でしたが、日活はポルノ制作に際し一定の「品格」を求めた点が画期的でした。長年、上質な映画を作ってきた人たちの「プライド」がいかがわしい映画にも反映され、ストーリーも映像も女優達も上質な作品が作り出され、「ロマンポルノ」の一時代が築かれたのです。

そこで最も活躍した作家が、宇野鴻一郎。「あたし、○○しちゃったんです」といった独特の語りでエロをよりエロチックに、男たちを勃起させ1本の映画で何回でもオナニーできるほどにしてしまいました。宇野鴻一郎はエロ作家の代表ではありますが、実は芥川賞を受賞した純文学の小説家です。三島由紀夫の自害を機に、真面目な文学を離れ、エロ文学へと方向転換をしました。

上品そうな言葉遣いで、エロさ倍増!?

宇野鴻一郎のエロ小説は、主人公の女性の語り口に特徴があります。セックス大好きな淫乱女ではなく、普段は上品で普通の女性が主役です。「あたし、○○なんです」と丁寧語で語りますが、その癖、語る内容はエロチックという趣向です。アニメが大ヒットした『エースをねらえ!』のパロディ映画「宇野鴻一郎の濡れて打つ」では、主役の「ひろみ」は、コーチに「素振り100回」などと厳しく指導されますが最後には挿入され、「あたし、好きです!肉棒注射!」と明るく受け入れます。

テニス部の先輩である「お蝶様」からは、レズプレーを強いられ、「強くなりたかったら、男と付き合っちゃだめよ」とくぎを刺されますが、「あたし聞けないんです…、だって、お尻が勝手に動いちゃうんだもん」とかわいく反応したりもします。お蝶様とは「いくわよ、ひろみ!」「はい、お蝶様」といかせまくる一方で、男子部の先輩とはビニールハウスの中で中出しの一発を決めたりもします。鬼コーチの「肉棒注射」も受け入れ、ひろみの体は休む暇がないという物語になっています。

実は真面目な小説家だった!?

宇野鴻一郎は、士族の子孫として生まれ東大文学部を卒業したのち、大学院の博士課程まで進んだ秀才です。27才の時に芥川賞候補となり、翌年には、『鯨神』で第46回芥川賞を受賞しました。この作品は映画化され、ヒットしています。当時からエロチィックな文体を持っていましたが、三島由紀夫が陸上自衛隊基地で自害をとげる事件の後純文学の筆を折り、ポルノ小説を書くようになりました。後に、推理小説を書くようになり、近年はまた純文学作品も発表しています。

宇野鴻一郎は純文学の世界で活躍した作家であるだけに、ポルノ小説でも成功できたのかも知れません。70年代には日本の男子の多くが、宇野鴻一郎のお蔭で、オナニーのおかずに困らなかったことは確かです。