エロで社会貢献をした井原西鶴

江戸時代のポルノと言えば、井原西鶴。好色一代男、好色一代女、好色五人女など、好色ものの浮世草子というジャンルを創設し、江戸時代における最も有名な作家として知られています。ただ、江戸時代前期に活躍した人ですが、江戸の末期にはほとんど忘れ去られていたようです。明治時代に見直され、現代においても評価される小説家となりました。単なるエロではなく、文化といての価値を持っていたからでしょう。

作風は現代的には風俗小説、娯楽小説に含まれる分野であり、軽いポルノ小説でもあります。誰でも読みやすい簡潔な文体で、内容も小難しさは一切なく、エロチックな興味をそそるユーモアにも溢れた作品を生み出しました。好色一代男は、7才の少年がさまざまな女たちと性交の限りを尽くして70才になるまで、セックスに溺れた生活をして、最後は「やりまくれる」と噂の女だらけの島へと旅立っていくというストーリーです。

男たちの夢をかなえ、女たちにはオナニーのネタを提供して、江戸時代の人たちの性欲をかきたてました。西鶴の残した功績は、単に文学作品にとどまらず、性生活や性文化にも大きな影響を残しました。江戸のセックスが世界でも珍しいほどに豊かだった背景には、西鶴の存在があったのでしょう。

一代女は純粋にセックスを楽しもうとした!?

好色一代女は、老婆が自分の生涯を語るという形で進行する物語。一言で言えば転落物語なのですが、西鶴一流のユーモアで面白おかしい話となっています。セックスが大好きな体に生まれついた美人の少女が、下半身で男たちのモノを次々とくわえこむストーリーです。この書を読めば、江戸時代の遊女(売春婦)の身分制度がよくわかります。

女は16才のときに親の借金のカタに売られ、遊郭の遊女となります。すぐに、「太夫」(たゆう)として働くことになりました。太夫というのは、最高位の格付けの遊女のことで、美人でかつ才覚にも恵まれセックステクニックにも長けた者しかつくことのできません。つまり、最高の女だったわけですが、性格に難があり次第に落ちぶれていってしまいます。ただ、セックスが大好きなために、遊女をやめようとはしません。どんなに落ちぶれても、歳をとるまでセックスで食べていくのです。

セックスを文化にした!?

井原西鶴のすごさは、エロチックな物語を通して、性を明るく語り、人生に必要不可欠なものとして演出して見せたことでしょう。西洋では千年以上にわたりセックスを「悪」と決め付け、若者たちのオナニーすら禁止し続けた歴史があるのとは対照的に、あらゆる性行為を肯定し楽しむことを推奨しました。

遊女を単なるセックスの道具として描くことはなく、女として演出し、遊女の恋、遊女との恋も描きました。愛とセックスを分離するのではなく、快楽と心を一体のものとして表現したのです。セックスを「悪」とする欧米の文化では、売春婦は堕落した最低の存在に過ぎませんでしたが、西鶴の描いた女たちはいずれも「人間」でした。実に公平な視点で描いていたのです。

西鶴の描いた世界は、歴史上ほかに見られないほどに、セックスを美しいものとして描いています。最高級のポルノ小説だったと言えるでしょう。