出版を拒否されたほどのただれたセックス、太陽の季節

文壇をゆらした「大問題作」です。19才の生意気な若僧が書いた小説は、ものすごい支持ととても強い嫌悪をまきおこし、賛成派、反対派が対立しました。たかが一学生の書いた短編が、ケンケンガクガクの大ゲンカに発展します。

石原慎太郎の髪型は「慎太郎カット」として流行し、「太陽族」と名付けられた享楽的な若者が海に大勢現れるようになるなど、社会現象化します。作品の批判をよそに、社会にはとてつもなく大きなインパクトを与えた作品です。弟の裕次郎主演で映画化され大ヒットとなりました。

出版社が出版に反対するという異常事態に

1955年に文學会の新人賞を受賞しますが、3対2の接戦でのぎりぎりの受賞。芥川賞でも実質的には3対3でした。渋々受賞に賛成した川端康成は「若気のでたらめといえるかもしれない」と述べています。しかし、芥川賞を主催する文芸春秋社の出版部長が、賞が決定した後に出版を拒否したため、この書の刊行は新潮社からとなりました。

石原裕次郎が弟だったから成立した小説

慶応高校の学生だった弟・裕次郎は、二枚目でケンカも強く女性にもモテモテの遊び人。高校生ながらセックスに明け暮れるようなムチャクチャな生活をしていました。そんな裕次郎が経験したり、人から聞いたりした話をベースに、慎太郎が小説にまとめています。

石原慎太郎には筆力はありませんでしたが、セックスをまっすぐに見すえる正直さや、物事の芯をとらえる眼力があるため、文章全体としては新鮮なものになっています。川端康成がみとめた無軌道ゆえの可能性は、慎太郎自身というよりも弟のものではなかったでしょうか。

反社会的、反倫理的な「風俗小説」との酷評もされましたが、昭和30年頃というのは、社会構造の変革が求められていた時代であり、まさに「反」が必要だったのでしょう。裕次郎は、その後主演する映画が大ヒットし、日本最高のスターになったことから考えれば、その無軌道な生きざまは、社会が期待していたものだったに違いありません。

社会が求めているものを弟の生活の中にみつけ、それを切り取って作品に仕上げた慎太郎のセンスは、やはり天才的だったと言えるのではないでしょうか。

好きと嫌いが半々となる作品ですが、少なくとも時代のニーズには見事にこたえた作品です。日本一態度の大きな政治家の、かわいらしかったころの作品としての味わいもあります。