藤村の抱えた悩みは家庭内セックスだった!

差別部落出身者の抱える問題をテーマにした「破戒」など、島崎藤村の作品には人間の深い悩みが込められています。彼自身の生家は木曽の山奥であり、深い山の中で沈思黙考する性格がつくられたこともあるのかも知れませんが、家庭内でのセックスの深刻な問題を抱えていたことも影響しているでしょう。自分の父親と妹とがセックスしていたり、母親が不倫の子を産んだり、自らも姪と近親相姦の関係にありました。

小説より奇なり、の実体験が藤村を深い悩みを与えた!?

島崎藤村ほどややこしい家庭に育った人はめったにいないでしょう。生家は本陣や庄屋をいとなむ代々続く名家で、大金持ちでした。お金に不自由することはなく幸せに育っていますが、セックス面では大きな問題を抱えています。父親も姉も精神的には不安定で、後に狂死したとされていますが、その父親は自分の娘(藤村にとっては妹)と性的関係にありました。兄の一人は父の子ではなく、母が不倫をした末にできてしまった子です。

そんな家庭に育ったからか、40才のころに自らも兄の娘である19才の「こま子」と肉体関係をもってしまいました。こま子は妊娠し、藤村の子どもを出産しています。ふたりの関係はいったんは終わりますが、数年後に再燃し近親相姦はしばらく続きました。この体験は、「新生」の中で描かれており、主人公「節子」のモデルは「こま子」です。ただ、彼女によれば、藤村にとって都合の悪い事実は美しくつくりかえられているそうです。藤村は生涯この事件を反省することはなかったといわれています。彼にとっては、姪とのセックスはただの遊びにすぎなかったのでしょう。娘とセックスしていた父親譲りの「血」なのかもしれません。

生涯にわたって女性との関係をもち続けた藤村

藤村は、20才で女学校の教師となりますが、すぐに教え子と親密な関係をもってしまいます。ふらちな関係が原因で学校をやめることになり、自由気ままに暮らし始めました。27才のときに結婚し4人の子どもをもうけますが、38才のときに妻をなくします。そこで、手伝いに来ることになった姪のこま子と肉体関係をもつことになったのです。近くに女性がいれば手を出さずにはいられない性格だったようです。

長野県出身だった藤村は、岐阜県出身となってしまった!?

藤村の生まれ育ったのは、木曽の山中にある馬篭(まごめ)村。当時は「筑摩県」でしたが後に「長野県」となります。長野県では地元出身の名士として長年にわたり誇りにしてきました。ところが、市町村合併により、馬篭村は岐阜県中津川市と県境をこえて合併してしまったために、藤村の出身地は岐阜県になってしまったのです。実に珍しいことですが、現在は「岐阜県出身の名士」として岐阜が誇りにしています。

常に重たいテーマを抱えて小説を著わした島崎藤村ですが、ことセックスに関してはとてもだらしのない性格だったようです。教え子に手を出したり姪と近親相姦をしたりしても、深くは反省をしていません。作品の深刻さと実生活とは少しかい離があるようです。