野口雨情の「しゃぼん玉」は愛のないセックスで生まれた!

野崎雨情は、「十五夜お月さん」「七つの子」「しゃぼん玉」などの童謡の作詞者として知られています。かわいらしい詩をたくさん作っていますが、私生活ではかなり女性関係が複雑だったようです。父親の事業失敗をおぎなうため、22才のときに資産家の娘と政略結婚をしますが、夫婦仲はずっと悪かったとされています。雨情は長年にわたり酒におぼれたり愛人におぼれたりしつつ詩作をつづけていたようです。

ただ、自分の子どもに対する愛情は深く、後に離婚した後もふたりの子どもを引き取って育てました。また、生まれて一週間で亡くなってしまった子を思い、童謡「しゃぼん玉」を作ったともいわれています。

「しゃぼん玉」は娘の象徴だった!?

野崎雨情作詞の名作「しゃぼん玉」は、娘のことをうたったものだとも言われています。讃美歌風のリズムがあり、宗教的な意味合いが込められているともされます。「シャボン玉飛んだ 屋根まで飛んだ 屋根まで飛んで こわれて消えた シャボン玉消えた 飛ばずに消えた 産まれてすぐに こわれて消えた 風、風、吹くな シャボン玉飛ばそ」という中の「シャボン玉」は、娘の象徴だというのです。

雨情自身が語ったわけではないので単なる「説」に過ぎませんが、「シャボン玉=娘」として読み取ると、実に奥の深い悲しい歌と読み取れます。娘が早くに亡くなったことを「飛ばずに消えた」「こわれて消えた」と表現していることになり、「風、風、吹くな」は、運命に対する抵抗とも考えられるでしょう。

中山晋平の作ったメロディラインも明るく、歌詞の終わりも「シャボン玉飛ばそ」と前向きであるため、全体として柔らかく温かい歌になっていますが、娘に対する思いが込められているとして聴くと、実にもの悲しい曲に聞こえます。ただ、それでも「シャボン玉飛んだ」という部分には、生まれてきた喜びが含まれているともとらえられるでしょう。

政略結婚の陰で、不倫を繰り返した雨情

妻の「ひろ」とは政略結婚であり、雨情は酒に溺れる生活をしたとも言われますが、セックスはしっかりとしていたようで、何人かの子供をもうけています。結婚2年目に長男が生まれると、雨情は家を飛び出し樺太に渡ります。現地で芸者といい仲になりセックス三昧の生活をしますが、その芸者に金を持ち逃げされて一文無しになってしまいます。東京まで迎えにきてくれた妻とは一緒に生活をしませんでしたが、それでも性生活はあったようで、妻が長女を妊娠します。

その後、いわき湯本で温泉湯治をしているあいだに、旅館の女将といい仲になり、3年半ほど同棲生活をつづけました。その間に、妻との離婚協議が成立して、雨情はこどもをひきとり育てることになりましたが、旅館の女将とは縁を切り、別の女性と再婚しています。

野口雨情は妻との政略結婚により不幸な結婚生活ではあったものの性生活はそれなりにおこなっており、何人かの愛人をつくったこともあり、充実したセックスライフを送っていたようです。子どもに対する愛情は深く、それが数々の名作につながったのでしょう。